アニメDVD |
|
アニメDVD > アニメDVD
23878件表示
事件未解決だし、結局二人はあの後どうなって、ラストああなったのか?がハッキリせずに、 見る側に丸投げ状態。 ストーリーを追いかける見方ではなく、綺麗な風景や、途中途中で突然でる死体シーンで どっきりという環境ビデオぽい作品。
二章を観て自分の好みに合わないと感じた方には逆にお勧めします。
時代によるものなのか、昔ほど過激な作品は少なくなった気がする。 また、そのようなアニメは質感が微妙だったり、中途半端な出来に終わってしまうことも多い。 しかしこの作品は別格だ。アニメによるお色気の表現を限界まで踏み込んでいて、 中途半端さはゼロ。で、去年から色々な作品が規制されてる中、覚悟の上で このような力作を完成させたのである。 個人的に、ただ一ついえるのは「やりきった表現」というのはそれだけで見ごたえに直結するものであるということ。 当然の如く、賛美両論だろうがここまでやられたらお手上げ、という感じ。しかもきっちり規制受けちゃってるし。 ただ、色気の表現を極めることに終始してると思いきや、なかなかどうして、物語としても自分は好きになった。 まずちづると耕太の関係性、例えお色気が出てこないシーンでもこの二人を見てると面白い。 なんというか、くすぐったい感じ。 単純にちづるがいじめっ子みたいに見えるときもある。だから笑える。 あとこの物語の主軸であると思われる「人間と獣」という部分もきっちり描いているのにも 好感が持てる。ただいやらしいことをやってるように見えて、水面下ではテーマが掘り下げられている。 甘く見てると火傷する類の作品だ。まあこれは自分が個人的に感じたことなのですが。 しかし主人公の耕太も不思議な存在だなあ。この手のアニメの主人公としては破格の可愛さ。 大きなお姉さんに好かれそうな感じもする。この組み合わせが妙な味を生んでいるのか。 あと大きな女性と小さな男性という組みあわせは新鮮で、微笑ましいものだな。 OPの歌詞にもあるように完全にちづるが守る側だ。でもこういう愛の形もいいのではと思う。 質感もかなりいいので益々この作品の「個性」が引き立っています。 作画レベル高し!淡い感じのシーンもあって、良い。 ニーズに応えつつも、凡庸な作品とは一線を画す作りをしている。 批判意見もあって当然だが、それでも自分はこの作品が好きだ。単純に見てて楽しい。気持ちいい。 しかし特典映像も凄いな!スタッフどこまで本気なんだ。 「寸止め」であることは間違いないが、それにしたってこれはヤバイ。 ちづるのグラビア映像と、ちづると望が耕太を起こしにいく新作アニメが入っているのだが 本編だけでも過激なのにそれを更に極めている。 これは「参った」といわざるを得ない。 ちょっと言い過ぎかもしれないが、表現を極めるというのはこういうことだと思う。 1巻の内容としては1話がちづると耕太の出会い、そして2話が望との出会いと、ちづると望による壮絶なる耕太争奪合戦が納められている。 どちらもぶっとんだ出来なので、興味があれば是非。 次巻も楽しみ。
ただファーストファンには羽田先生の音楽に慣れすぎだと菅野よう子では、やはり役不足が感じ得ない。 あとはランカという存在が狙いすぎ。もうちょい大人な三角関係の苦悩を見せたほうがいい。ランカの存在が中身を薄っぺらにしてる印象。 確かに映像面は綺麗だと素直に感じる。けどマクロスファンが求めていたものはそこなのか?区切りで発表する作品としては疑問が残る。バルキリーや板野サーカス好きの人もいるだろうが、重要なのはリン・ミンメイと早瀬美沙と一条輝の淡くもセツナイ物語のフィナーレに「愛は流れる」や「愛・おぼえていますか」が3人のすべての想いを包み込むから「マクロス」が傑作と言われるのではないのか?映像なんて普通でいい、狙ったキャラもいなくていい、ただ3人の苦しいまでの気持ちの交差とその思いが自分たちにガツンと届く歌があればそれで「マクロス」と胸を張ってもらっていいと思う。 もうストーリーも半ばを過ぎました。最後にこれぞ「マクロス」という展開があることを期待します。 なので中身は悪くはないが良くもない。惜しい出来ではある。 後、ヴァルキリーと書いている方、本当はバルキリーです。参考までに。
私たちが日常を忘れてディズニーランドへ遊びに行くのと逆に、日常の世界にディズニーの世界が登場してしまうという逆転の発想の面白さ! さらに今までのディズニー映画のジャンルにとらわれず、ファンタジーを見たい人も、コメディ(ディズニー映画事態のパロディとしても面白い)を見たい人も、ラブロマンスを見たい人も満足させ、ディズニー映画ファンの人には過去の作品からのネタ探しも楽しいだろうし、年齢や性別を越えて楽しめてしまう所がこの映画の最大の強みです。 実写のいい所とアニメのいい所を持ち合わせた、まさにディズニー映画のエッセンスがつまった傑作。必見です。
ロディ」で始まる。 きわめて完成度の高いパロディにして、正直「銀八先生」とともに正式な作品としてOVA かなにかで見てみたい作品である。新八並のツッコミを撃破し、ボケに暴走しまくる作品世界 は健在だ。 101話からの5話は満を持しての登場となる「動乱編」。真選組はあえていわなくてもい いくらいに画面に登場し、主に「笑い」を提供している。「幻想小説」を散見するが、自分自 身で小説がかけるくらい、彼らの個性ははっきりしている。別に「動乱編」だからといって、 彼らの性格に新たな設定をプラスする要素はまったくない。むしろ、土方に「理不尽にふりま わされる」境遇から、ヘタレ性を加味した程度である。 それゆえに、伊東鴨太郎の描写が秀逸である。総悟と立たせることで土方への憎悪と卑怯さ を、そして1年ぶりの登場となる万斉(つんぽ)と立たせることで野望のためならば手段を選 ばない非情さを表現している。無言で退を仕留めさせることでダメ押しをし、あえて我々に伊 東一派への憎悪を抱かせるように仕向けている。 「真選組動乱編」のプロットはあえて言えば第14話「男はカエルに触れて・・・」のフォーマ ットをほぼ踏襲している。真選組の「鋼の強さ」は伊東によってかき乱された隊の結束が如 何様にしてひとつに結束するかにある。近藤曰く「武士という鋼の魂をもったサルたち」の活 躍。多少、血なまぐさい部分はあるが、是非堪能してもらいたいところだ。
まず、刹那。彼は自分がかつてロックオンの家族が亡くなったテロに関与していた組織に所属していたことをロックオンに咎められ、「仇を討たせろ」と銃口を向けられます。そこで彼は自分を撃つことでロックオンの気が済むのなら、そして自らの「世界を変えたい」という意志をロックオンが引き継いでくれるのなら、とそれを受け入れようとします。それまで「俺がガンダムだ」とまるで自らのエゴで戦っていたような印象のあった刹那ですが、ここで彼にとっての「ガンダム」が「世界を変えるための手段」であり「目的」ではないこと、そしてそのためなら自分を捨てる覚悟があることがはっきりします。 そしてロックオンもまたここで刹那の覚悟を認めて、エゴによる復讐ではなく「この世界から戦争やテロによる悲劇を無くすために命懸けで戦うこと」を、そしてその意志を共有する「同志」として改めて刹那と向き合うことを選びます。(逆にここでロックオンが刹那に対して「こいつなら自分の代わりに世界を変えてくれる」と認めてしまったから、気持ちを託せると思ってしまったから23話でああいう行動を取ったのかな、という気もするのですが)。 で、この二人のやり取りを見てティエリアが「これが人間か…。」と、おそらく全話中一番優しくていい笑顔を見せるのですが…、そう、ここでの最大の問題点は何よりも、「この場面にアレルヤ・ハプティズムがいない」ことなんですよ!!!。ああ、やっと言いたいことが言えてすっきりした(笑)。 これは私がアレルヤさん贔屓だから過剰反応してる訳じゃなくて、おそらくヴェーダの生体端末として人間という種についてのデータ収集が本来の目的である(と、外伝に登場するハナヨさんとの関連から予想されている)ティエリアにとって、致命的な誤りだと思うのです。結局、「自分にとって見ていて気持ちのよい側面」=「人間という生き物の肯定的な面」だけを見て「これが人間か」という偏った理解をしているだけで。で、この後ティエリアはロックオンに心理的にどんどん依存していくのですが、それはロックオンの存在が自分にとって「快」だからで。普通の人間ならそれで構わない、むしろ自然で普通の反応でしょうが、あなたは「ヴェーダ」とか「CB」とか本来自分を越えたもっと大きい存在とリンクしてその理想に一番近いはずの存在ではなかったのか、と。それが気が付くと最も自己都合とエゴに振り回されて周りが見えなくなって、最終的には「後追い心中」モード全開でああいう情けない、いやある意味で自業自得な終わり方をするとは。 「人間とはどういう生き物なのか」をリサーチするのが本来の存在意義なのであれば、他の誰よりもアレルヤ・ハプティズムと向き合うべきだ。そしてハレルヤも込みで、「一体過去に何があって彼がああいう人間になったのか、そして現在彼があんな風なのは一体どうしてなのか、一体何をどうしたら彼はああいう状態から抜け出せるのか」といったことを少しでも考えてやるべきだ、と私は思う。しかしそうはならなかった。だから、アレルヤは結局自分一人で悩んで考えて答えを出さなければならなかった。だから、彼がトリニティとのタイマンに参加せず「お留守番」を決め込んだのは正しかったと思う。所詮、CBという組織、およびガンダムマイスター達の「絆」なんてそれだけのものだったということ。 最近自分の中でヘビロテ中のColdplayの "Violet Hill" の三番の歌詞で締めくくりたいと思う。「沈みゆく船の船長が船底に詰め込もうとする兵隊になんかなりたくない。もしあなたが僕を愛しているなら、何故僕を行かせようとするのか?」
『CLANNAD -クラナド- 』TVアニメ最終回(#22)、番外編、智代編を収録したDVD8巻です。 「AIR」「Kanon」の完成度をさらに練り上げ、狙い済ました作画、演出は絶妙で、 温かな人と町との絆を入念に描いています。まさに原作→TVアニメ化のお手本そのもの。 (総合6.5/10点) 最終回「影二つ」★★★★☆7/10点 両親の夢を踏み台にして生きている自分を責める渚の涙に心が痛みます。 夢を見て、夢に抗い、新たな夢の舞台で叫ぶ3人の本音の想いに胸熱くなる事必至です 隣で支えてくれる誰かとの影が二つ(渚と朋也)、自分を導いてくれる影二つ(両親)。 人は一人では生きられず、だからこそ支えあう「家族」の姿を感動的に描いたクライマックスです。 しかし、エピローグがやや詰め込み気味だったのが残念。2話分に分けても良かったのでは 番外編「夏休みの出来事」★★★☆☆6/10点 あれから数週間、なかなか進展しない二人の間を捉えた閑話休題です。 シリーズ御馴染みのボケと春原いじりも健在で、誤解と妄想で狂った世界の描写に 苦笑い。前回の感動をいい意味で払拭させる古河家の見所満載。笑いも目一杯。 恥ずかしながら一生懸命な彼女と、さりげない彼の優しさを残し、物語は「その後」へ続きます
そう・・・クソアニメの・・・ うっおーっ!!くっあーっ!!ざけんなーっ! なにが「女子高生のまったりとした日常を描いた作品」だ! この説明文はデタラメだよ! たしかにまったりとした日常を描いてるのかもしれないけど、他作品ネタを詰め込み過ぎてまったりと感じません・・・よ! これじゃあ「他作品の力に頼った作品」と言われても仕方がないってもんさ そんならき☆すたのOVAが旬を過ぎた今にこんな値段で出されても誰も買う気が起きないぜーっ! つまり 「OVAっていうのはどうかな?」 「ああ?クソアニメ制作スタッフが何か言ったか?」 ってことさ! 僕がオススメできないこのOVA! 君たちもぜひ激買しないでくれ!!!! 原作を読んだけど、原作はあまり他作品ネタを使わないわねぇ・・・ 本当かどうか君も確かみてみろ! ごめん、本当は一巻しか読んでない ページ: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | ... | 次のページ | 1/2388 |